エッセイ


2113年プロミスエッセイ大賞 佳作受賞作品

 

『果たせなかった約束』

  
6月の上旬、修学旅行の引率で北海道に行った。行程は、東京まで新幹線で行き、その後、東京からは夜行列車で函館に向かうという刺激的なものだった。

...

「上野発の夜行列車降りた時から~」の歌詞で有名な、あの夜行列車である。

東京駅から夜行の出発する上野駅まで、JR山手線で移動しなければならない。新幹線のホームでいったん集合し、並んで移動などといったことは不可能であり、ましてや東京駅に着くのが、夕方の五時半という帰宅ラッシュのピーク時である。

なんとか、東京駅の山手線のホームに移動し、次々にやってくる列車に、分散しながら乗車し、上野駅への移動が始まった。自分もそうだが、不安と緊張感で、テンションがかなり高くなる生徒もいた。

その移動中、少し離れた同じ車両の生徒たちが、自分を呼んだ。

「先生! 大変! 早く来て」

見ると同じ車両の一番遠くにいる生徒が、なにやら怖そうなお兄さんたちに絡まれている。

しかも、すでに生徒は泣いており、どうやらそのお兄さんたちに手荷物を蹴っ飛ばされ、周囲の乗客も見てみ見ぬふり状態、ましては生徒は女の子、ここは仕方がない。

勇気を振り絞って、怖そうなお兄さんたちと生徒の間に入った。

「どうされましたか。うちの生徒がなにかしましたでしょうか」

「なにかもへったくれもない。うるさいんだよ。センコーが静かにさせろや」

どうやら、生徒のテンションが上がり、車内で大きな声で騒ぎ、それが癇に触ったらしい。

「こっちは迷惑なんだよ。どうしてくれるんだ。いい気になるんじゃねえよ!」

大変な剣幕である。自分はひたすら謝罪し、お兄さんたちの怒りをなだめた。

やがてお兄さんたちは次第に冷静となり、どこまで行くのかと尋ねてきた。

「北海道へ修学旅行なんですよ」

「そりゃ遠くまでいくんだな、まあ気を付けていってきな」

 それから上野駅まで世間話などをしながら、最後は、お兄さんたちとは笑顔で別れた。小心者の自分としては精一杯の対応であった。

さて、件の生徒である。
この女子生徒は、日頃からあまりいうことを聞いてくれる生徒ではなく、この日も、結局、その場からいなくなり、それきりだった。

これがこの生徒が高校2年生の6月の事件である。

その後、この生徒とはほとんど話すことなく1年半後の卒業式を迎えた。やがて式が終わり職員室に戻り、卒業生たちと歓談していると、件の生徒がやってきた。
彼女は小さな封筒を差出し、小さな声で、

「先生、あとでこれを読んでください」

と、告げ去って行っていった。
その手紙にはこんなことが書かれていた。

 
先生、修学旅行の時のことは覚えていますか。
私は本当に怖かったです。
でも先生が助けてくれ、感謝の気持ちはずっと持っていました。
一日もその気持ちは忘れたことがありません。
しかし、恥ずかしくていままでお礼を言うことができませんでした。
私は、その日からずっと将来の夢を持っています。
それは教師になることです。先生のような教師になることです。
わたしは絶対に教員になります。
それが、私と先生との約束にさせてください。
そして、これからも応援してください
ありがとうございました。

  
 それから数年の月日が流れ、彼女は結局、教員になることはできなかった。彼女は約束を果たすことはできなかった。
普通のOLを経て職場で知り合った男性と結婚し、やがて子供が生まれた。

彼女との再会は、東京の事件から10年後のことであった。事前に連絡もなく、彼女は赤ちゃんを連れ学校を訪れ、まるで何事もなかったように、

「先生、私、お母さんになったよ。私の子、抱っこしてください」

と言ったときの笑顔は最高に素敵だった。

約束を果たすことは尊い。しかし約束を果たすことはすべてではない。人間同士の関わりは、契約書のように単純でなく、果たせなかった約束が何倍もの輝きをもつこともある。

約束をした時の気持ちこそが、一生の宝になることを学んだ出来事であった。

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